ラ・カレッタやその他の近隣のライバル店を開いたのもヴァルス自身です。
その結果市場はなおも成長をつづけて、しだいに増えるキューバやスペイン系アメリカ料理の需要に応えています。
ヴァルスが最初に開いた5軒のレストランは、1981年には約600万ドルの粗利益をあげ、年約10パーセントの割合で売上高が増えています。
その一方で彼は1982年に新しく3店を出しました。
マイアミのウェストチェスター近くのバード・ロード沿いにある340席の新しいラ・カレッタもその一つです。
ブラック・アンガス・ステーキ・ハウスの跡に建てたものです。
ヴァルスも言っているように、その切換えは簡単でした。
「ブラック・アンガスにはすでに四輪馬車の車輪がいっぱいあった。
それをそのまま残しておいてニ輪荷車の車輪と呼んだだけさ」
・・・この時期、フェリーペ・ヴァルスは、アメリカの租税機構のなかで仕事をして成功したほとんどの実業家と同じく、不動産の仕事に深く関わっていました。
恐らく他で得た利益を守るためだったと思われます。
彼の経営するツイン・ホームズ開発会社は、マイアミ郊外の湖畔に重層型分譲アパートを建てました。